AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G

優等生マイクロ60と対を成すニッコール異端児

長所
・撮影が楽しくなる唯一無二の描写特性
・非球面レンズ使用ながら年輪ボケは控えめ
・軽い
・鏡筒自体がフード代わりになっている全群繰り出し構造

短所
・遠景描写が不安定で高画素機との相性が良くない
・開放最短撮影距離だとまともな写りにならない
・軸上色収差が大きめ
・フォーカスシフトあり
・フィルター径が中途半端
・フィルターと前玉の間の空間が大きくフレアになりやすい

その他
・寄れない
・非線形絞り変動機能が欲しい
・AFは遅め
・前ボケはやや粗い
・歪曲収差は(2010年代後半以降の同クラスレンズと比べて)少々大きめ
・機械絞り
・価格の割に質感が安っぽく、軽過ぎる

個人的満足
・フードが花形


AF-S NIKKOR 24mm f/1.4G EDに続く、自身3本目のナノクリレンズ。D810用の大口径標準単焦点として購入。
名称にはその名は受け継がれてはいないが、ニコン伝説的レンズの一本NocfNoct Nikkor 58mm F1.2を意識した設計とのこと。開放F値が少し小さくなってしまっていることに対する不満の声もあるが、半ば強引に電子接点を増設しているニコンFマウント(ミラーレスZマウントでは電子接点の向きが変わったことがその証左)だと、重要な後玉を大きくすることが非常に困難で、CPU搭載レンズではF1.4が限界のようだ。まあカメラ歴の浅いひよっこレベルの私は全く気にしたことはないのだけれども。



特筆すべきはその近・中景描写。フローティング機構による全群繰り出し式AFを採用しており、ピントの遠近で描写傾向が全く違う。遠景ではデジタルカメラらしいキッチリ解像する標準的な写りを「しようとしている(後述)」一方で、近・中景では意図的に各収差を残存させた、ボケに特化した繊細かつ幻想的な写りをする。他のニコンf/1.4Gシリーズも解像度よりボケ描写を優先した写りをするが、このレンズではその特性が突き抜けている。3000万画素超の高画素機が普及した現在では、最早F1.4開放から解像するレンズが当然のようになっているが、それらとは明らかに一線を画す。要するに人を選ぶ「癖玉」。
その写りは実に独特で、他の純正F1.4が背景を美しくぼかしつつピント面だけはカッチリ解像するのに対し、このレンズは「三次元ハイファイ(3D High-Fidelity)」を謳う通り、ピント面もボケの一部に組み込まれる、諧調豊かな連続的な描写をする。開放での発色は淡く派手な感じはせず、開放だと眠い描写に感じられてしまうことも多々ある。だが、それこそがこのレンズ最大の長所。
残存収差が複雑に絡み合い、周辺減光も相まって、F2未満だとファインダー象と実際に撮れた画像の印象が極端にかけ離れていることもしばしば。同じような撮影条件でも、微妙な要素の差によってピントを置いた位置がキリっと立ったり立たなかったり、色が濃くなったり淡くなったり…その予想不可能な撮影結果は、肉眼では大したことないありふれた何気ないものさえ感動的なモニュメントに変えてしまうこともあり、写欲も大きく増進する。
今手持ちのレンズの中で使っていて一番楽しいと言えるレンズは間違いなくこの一本。何でもかんでもとりあえず開放で一枚…という悪しき習慣ができてしまうぐらい。

コンパクトで軽いので取り回しもよく、気安く持ち出せるのも大きな長所。大三元開放のF2.8以上に絞り込めば描写の癖は周辺減光共々著しく減っていき、他のレンズとあまり変わらない写りになる。絞り値による描写変動と相俟って撮影のバリエーションの幅が広く、スナップには最高のお供。
大口径レンズの宿命で最短撮影距離が長く、あまり寄れないのがやや難点だが、極端に狭い場所でもない限りはあまり気にならない。ただし、開放で最短撮影すると極端に浅い被写界深度により何もかもがボヤボヤでパープル・グリーンフリンジも酷く、お世辞にも褒められた写りにはならない。なので、意外と屋内では使いづらい気もする。ボケが綺麗なレンズには付き物のフォーカスシフト癖もあるので、ブツ撮りやテーブルフォトなどには間違いなく不向きだろう。まあこれらの欠点は了承済みなので個人的には問題視していない。
高級レンズとしては珍しく特殊硝材を使っておらず、補正レンズ群も少ないが故の軽さだが、それ故に高輝度差のシチュエーションで安易に開放を使うと盛大に見苦しいパープルフリンジが出る。だが他の純正F1.4Gもそのような傾向であるし、このレンズに限った欠点ではない。要は使いこなしが大事。



(※左端と中央を等倍トリミング)

しかし、使っていてどうしても耐え難いのが、遠景における解像の不均一性。中央と周辺で小さくない乖離があり、このレンズ最大の泣き所。中央近辺は絞り値に比例して解像度が増していくが、周辺だけは解像度の立ち上がりがかなり遅く、はっきり言ってD800系高画素機でのパンフォーカス遠景には不向き(低画素フラグシップ一桁機、ミドルFX機、ニコンDf、Z6ならさほど気にならないかもしれない)。
大抵のデジタル用単焦点レンズはD800系クラスの高画素機でもF8まで絞り込めば周辺まで十分な遠景解像度を得られるが、このレンズに関しては個人的に最低F10まで絞り込まないと安心して使えない。これはISO感度上昇、手ブレ、回折ボケ、センサーダスト映り込みを誘発するため、かなりの厄介種。この欠点のために、無限遠付近を想定する出先への持ち出しはどうしても躊躇してしまう。日照量の少ない日は特に。
ただし、解像度は最重要でない夜スナップ、ポートレート等の用途なら低照度環境でも十分に使える。開放付近の独特の癖の強い描写もむしろ夜の方が生かしやすいかもしれない(あいにくとそこそこの田舎暮らしなものでそのようなシチュエーションに恵まれていないのが悩みの種)。また、光芒狙いの夜遠景ならどのみち最小絞り付近まで絞り込んでしまうので、問題はないはず(三脚は必須になるが)。このレンズの売りの一つである天体撮影用途については全くの門外漢なのでノーコメント。
リサイズしてしまえば、高画素のD800系でも低画素機とほぼ同じような結果が得られるが、撮影データの重さだけはどうにもならない。なので、折角の持ち出しやすさを大きく損ねてしまい、やはり相性は良くない。

ちなみにこのレンズに限っては、カメラボディ側の絞り変更機能が1/3、1/2、1段の三種類のリニア式からしか選べないのが地味に厄介だったりする。開放付近での描写変動を最大限に生かすべく1/3段設定にしているのだが、このせいで一気に絞り込もうとするとダイヤルをかなり長く回さなければならない。遠景だとより大きく絞ることを求められるだけに尚更面倒くささが際立つ。
開放付近では1/3段ごと、最小絞り付近では1段ごとというような、非リニア式の絞り変更機能を実装して欲しいとつくづく思う。

ここまで挙げた特徴をまとめると、不思議なぐらいAF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G EDと対照的になっている。あちらは遠近問わず絞り値を選ばずD800系でも余裕のハイアベレージの解像力、歪曲ゼロ、癖のない描写傾向、レンズすぐ先まで寄れる等倍マクロ撮影が可能、大三元と同等のハイパワーSWMによる高速AF、一方で中遠景のボケは結構粗く、マクロ以外だと絞っても周辺減光が解消しにくい、と、正反対の特性を持っている。
画角はほぼ同じということで比較対象になりやすいが、それ故に用途が競合することはなく、両方所有していたとしても使い分けはしやすい。もっとも、価格は二倍以上の開きがあるのだが…どちらか一本しか買えないとすれば、汎用性とコストパフォーマンスの圧倒的な高さで間違いなくマイクロ60の方に軍配が上がる。だが、撮る楽しみという点でこのレンズの魅力は唯一無二。ハマりさえすればこの価格でも決して損をしたとは思わないはず。

ニコンも本格的にミラーレスに乗り出し、D850・α7RIII・5Ds世代で一段落した感のあったセンサー高画素化もポスト8K規格を見越して再び進みそうな機運もあり、それに伴ってレンズもより一層高解像路線(≒ボケ味は二の次)に傾倒していくのだろう。そのようなレンズ無個性化の流れの中で、ニコンももうこのような味付けのレンズは二度と出さないと個人的には思う。なので、面白い、個性的なレンズが欲しいと思うなら大いに検討する余地はある。
もしそうでないなら、コスパのいいサードパーティ製を選んだ方が後悔しない。現在は超優秀な50mm前後の大口径レンズは選り取り見取りなのだし(なぜニコンは50mmf/1.4Gをハイエンド金環としてリニューアルしなかったのかが長らくの疑問…他所のメーカーはみんなフラグシップ級を投入しているのに)。

なお、同じコンセプトを冠する後発のAF-S NIKKOR 105mm f/1.4E EDは普通に開放からキレキレに解像するレンズになってしまった。おそらくこの5814が期待通りの売れ行きとならなかった故の路線転向なのだろう。各所を見て回ると期待外れで手放してしまったという人も少なからず見受けられるので、まあ無理からぬ話ではある。




開放での玉ボケ。口径食により周辺はレモン型。またフレーミングによっては、一眼レフの宿命であるミラーボックスケラレによる所謂「カマボコボケ」が生じる。これらを回避するには絞り込むしかないが、f2で既にボケ量低下により角張りが生じてくる上に、残存する口径食と合わさって周辺が余計に歪な形になり、イルミネーションのようなはっきりとした玉ボケが出現する状況だと却って見苦しくなってしまいやすく、むしろ開き直ってレモンボケを出しまくった方がまだ見栄えが良いと思う。それでもカマボコボケだけは避けようがないが…そこはミラーレスZへ行けということで。
なお、非球面レンズ特有の年輪(タマネギ)ボケが見られるが、各所の同グレードのレンズと比べても目立たない部類(非球面が苦手なタムロンや初期のシグマArtラインのそれと比べれば一目瞭然)。これ以上のものを求めるなら、数値化できない箇所にまで徹底的に拘りぬいたツァイスOtusシリーズ(※お値段当レンズの二倍以上)に行くしかない。

AFは大口径に加えてフローティング機構搭載のため結構遅めだが、この焦点距離で動きものを追うことはまずないので実用上の問題はほぼないはず。他のF1.4のレンズと比べて極端に遅いということもない。
絞り羽根動作機構は今となってはほぼ廃止となってしまったGタイプ(バネによる機械式絞り)だが、やはり連写をするようなレンズではないため露出精度云々の問題とも無縁だろう。むしろレリーズタイムラグはEタイプ(ステッピングモーターによる電子制御絞り)より短く、Eタイプ非対応のFマウントオールドボディでも使えるので一概に欠点とも言えない。

構造上ピント位置が寄るほどに後玉も鏡筒内に引っ込んでマウント付近に隙間を生じさせるため、塵混入を減らすためにもレンズ交換の際は無限遠に戻しておいた方が無難。前玉も移動式なので、フィルターを付けないと塵が入りやすく、結構気を遣うレンズである。ここで72mmというあまり一般的でないフィルター径が予算的に響いてくる。あと5mm太くしてフィルター径を大口径で一般的な77mmにしてくれれば使い回しも容易だったのだが…
また、前玉は鏡筒の縁からやや奥まったところにあるので、フィルターとの間にかなりの空間ができ、これがフレアの原因となる迷光を生みやすい。なので、フィルター運用の際はフード常用推奨。装着すると全長が倍近くなり、折角のコンパクトさを損ねてしまうが、個人的にこの焦点距離では珍しい花形フードが格好良くて気に入っているのでつけっぱなしにしている。

価格帯とノクトに近い設計から、どうしてもプラスチック外筒が批判の的になりやすいが、個人的にはプラの方が冬場でも使いやすく好み。何より塗装が剥げにくいのがありがたい。だが、このレンズとスペック的に最も相性が良いボディであろうニコンDfとのマッチングは明らかによろしくない。50mmf1.8スペシャルエディションのような懐古デザインの方が好まれただろう。
質感に拘りたいなら、ちょうどスペックがよく似ているコシナのMFレンズVoigtlander NOKTON 58mm F1.4 SLII Nが真っ先に候補に挙がる。Dタイプ以前のニコンレンズを意識したゴチャゴチャした金属外装は格好良くて非常に好み…なのだが、あいにくと未所持。かなりマイナーなレンズなのでネット上の分析やレビューも少なく、この5814と比較しづらいのが長年の悩み。片割れのマイクロ60も所有しているので、いくら安いとはいえこの焦点距離のレンズを買い足すにはかなり抵抗があるのも事実…

公式ページ
交換レンズレビューニコン「AF-S NIKKOR 58mm f/1.4 G」 - デジカメWatch
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